朝華祭に参加

2012年11月

授業で出会った学生さんのご協力により、東洋大学祭「朝華祭」に参加できることとなりました。

ボランティアサークル「てって」さんのブースで、あゆちゃんが介助者さんと一緒に作ったデコパージュせっけんを販売させていただきました。

たくさんの方に「かわいーねー」「あなたが作ったの?すごいね」と声をかけられて、ウキウキあゆちゃん。

しばらくすると、あゆちゃんが動きたがったので、ブースを飛び出して出前販売へ。

あゆちゃんの膝に、せっけんを並べたトレーを乗せて。

野外ステージの歌声や、「焼きそばうまいよー」とかの売り声でにぎわう中を、あゆちゃんも「わたしがデコったせっけんでーす!見て見て~♪」とまわりました。

間近に迫ったイベントのチラシも一緒に配ると「がんばれー」とか「おもしろそーだね」とか「ここに貼っといてあげるよ!」とか応援してもらって、ゴキゲンあゆちゃん。

はじめての学祭、エキサイティング♪でした。

お世話になった皆様、ありがとうございました。

咲緒さんと会議

2012年10月

イベントで講演していただく高橋咲緒さんとあゆちゃん、そして協力してくださる皆さんと何度目かの相談。

咲緒さんはあゆちゃんのような医ケアあり重心。

支援を受けながらアパートでひとり暮らしをしています。

そんな咲緒さんの「自立生活」についての講演。

「しゃべらない」咲緒さんの講演にはどんな工夫が必要か。

☆私達のようには「しゃべらない」けれど、咲緒さんは気持ちのままに声を出す。

それは咲緒さんにとっての「おしゃべり」かもしれない。

そんな咲緒さんの「おしゃべり」を、来場者にも聞いてほしい。

緊張を解いておしゃべりしやすいように、咲緒さんお気に入りのCDをBGMとして流してはどうか。

☆咲緒さんのこれまでの様子や、自立生活の現状を写したスライドを、講演のバックに流してはどうか。

☆同じ障がい当事者であり、咲緒さんの自立当初から関わってこられたコーディネーターさんに代弁してもらってはどうか。

最終的にこんなかんじで行うこととなりました。

咲緒さん、よろしくお願いします、と握手するあゆちゃんでした。

お手紙のようなチラシ

2012年10月

イベントチラシができあがりました。

さっそく、ご連絡を取らせていただいた大学や図書館などに配布した他、あゆちゃんが出かける先で一枚づつ言葉とともに手渡ししました。

このチラシじたいがあゆちゃんたちの「いっしょに生きたい」メッセージとなっています。

裏面の文章が読みにくいので、長くなりますが以下に再現しますね。(以下、ピンク色の文字部分がチラシです)

☆はじめまして、赤阪はなです。

私は言葉を話さず体も自由に動かせません。

食事は鼻のチューブで入れる液体栄養です。

けれど、みんなと一緒に地元の小・中学校に通い、府立高校の定時制を卒業しました。

周りの友達は大学や専門学校に行ったり、結婚して子育てしたり、働いたり様々です。

私もみんなのように働きたい。そう思って就職活動を始めました。

私の面接は、まず「仕事ください」と書かれた名刺を渡し、どのような仕事ができるのか採用担当者と探っていくことからはじまります。

百貨店には「車いすの店員がいると、障害を持つお客様に親近感を持ってもらえる」とアピール。

介護用品のメーカーには「利用者としての視点が商品改善につながる」と訴えました。

100社以上の企業に挑戦しましたが、そのたびに「接客や対応ができないと難しい」と断られました。

一方で就活は、いろいろな出会いにつながっています。

「はながいたら教えたいことが伝わるから来てほしい」という高校の先生の依頼で講師を務めました。

先生によると「教員は教えるのが仕事と考えるのを疑った方がよい。この映画を見て、何かしてあげるではなく『自分を問うてみる』ことをしてほしい」だそうです。

また大学では「異文化コミュニケーション」の授業も担当しました。

先生いわく「はなさんは支援されるだけでなく、そこに居ることで多くのものを周りに与えてくれています」

他にも就職説明会で出会った保育園の園長先生のはからいで、スタッフとして保育活動に参加しました。

子供たちは最初は怖がりましたが、しだいに車椅子を押し、食事をとるのを手伝ってくれるようになりました。

園長先生は「何もやっていない様に見える部分が仕事している」と言ってくれます。

出会いの中で忘れてはいけないのは、シェアハウス「かかし荘」の世話人としての仕事です。

たまに私を見て「かかし荘って障害者のグループホーム?」と言われることがあります。

そうじゃなくて、職場や大学の友人がルームメイトです。

共同生活って、もっといろいろあっていいんじゃないかと思います。

仲間がいて、仲間の人生に首つっこみあって、笑ったり、文句言ったり、悩んだときは一緒に泣いたりお酒を飲んだり。

いつも誰かが傍にいると「うるさ~い」と思うこともあるけれど、やっぱりほっとけなかったりして…。

最後にそんな私と、仲間や仕事とをつなげてくれるヘルパーさんから一言。

「はなを福祉の対象、障害者として見て、自分は専門家で支援者だと思ったら大間違い。本当は逆で、はなに支援されているのかもよ!ヘルパーは車いすを押す人ではなく『共に歩く仲間を増やす人』だと私は思っている」

私や仲間たちは、落ち込むことはあっても失望はしません。

人は出会いで変わるとわかっているからです。あきらめずに進み続けます。

(これは、はなさんの立場に立って書いた文章です)

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☆はなさんに続け!

「なぜそんなに働きたいの?」はなさんはよく聞かれます。その言葉あなたが言われたらどう答えますか?

「だって働くのはあたりまえだよ」

では「イヤな思いをするのなら外に出ないで親と一緒に家の中で暮らすか、施設に入っちゃえば良いじゃない」と聞かれたら?

「あり得ない」でしょ?

「だって外に出るのもあたりまえだよ。友達に会ったり、買い物したり、散歩したり…。良い、悪いじゃない、外に出なきゃはじまらない、つまらない」

それはそっくりそのまま、はなさんたち障がい者の答えではないでしょうか。

私たちにとって「あたりまえ」になっていて見えないことが、はなさんたち障がい者といると見えてくるかもしれない。

会わず嫌いするんじゃなくて、出会ってみたら意外といいかもしれない。

いろんな思い込みやあきらめから自由になれるかもしれない。

あゆちゃんたち重症心身障害者を知らない人にも届くようにと、皆で一生懸命考えたのですが…はなさん、あゆちゃん、あなたたちの気持ちをちゃんと代弁できているでしょうか?

作成にあたり、ご指導、ご支援くださった野口さん、他の皆様ありがとうございました。

東京家政大学で授業

2012年10月

またまたまた、イベントPRと仲間募集のため、東京家政大学の授業でお話しさせていただきました。

回を重ねるごとに余裕が出てきたのか、70名の学生さんを前にして、檀上で大あくびをしちゃったあゆちゃん…(汗)

授業終了後にはボランティアや、あゆちゃん介助バイトの希望者に囲まれて、嬉しかったね。

いよいよ来月に迫ったイベント。

その準備を通して貴重な出会いや経験を重ねています。

準備じたいが「街で仲間と一緒に」活動のようです。

今回も、そうした機会をくださった田中先生と学生さんたちに感謝します。

ダンスワークショップ

2012年8月

ダンスワークショップに参加。

ダンス

時にはあゆちゃんのわずかな動きに寄り添い、時にはあゆちゃんを激しい動きに誘うような、ダンスの時間でした。

あゆちゃんは自分が動くことにも増して、周りの動きに心を奪われているような。

また、主催のミューズカンパニーさんのご厚意で、参加者の方々に向けてイベントの紹介をさせていただくこともできました。

ありがとうございました。

しんけんなピンクの象

2012年8月

イベントに向けて結成された女子4人のバンド、ピンクの象でしたが、あゆちゃんの演奏介助などのメンバーが加わり、総勢8人に。

あゆちゃんの担当はマラカス、スレイベル(トナカイの鈴みたい)、カウベル(ヨーロッパの牛が首にぶら下げてそう)。

曲に合わせて持ち替えます。

「(あゆちゃんの音が)ここに欲しいんだけど、ギターやドラムで消されちゃうんだよね」「もっと強くできないかなぁ」「でもこれ以上(あゆちゃんの)腕を強く動かしたら、つらいんじゃないかなぁ?」

皆しんけんです。あゆちゃんもしんみょうな表情。

「今の音、遅れたよ」慣れるまで、あゆちゃんも、介助メンバーもタイミング合わせが難しい。

障害者だからって容赦なし。そこが嬉しい。本気のメンバー。

気合の入った練習、皆さんありがとう、お疲れ様でした。

東洋大学で授業

2012年7月

またまたイベントPRと仲間募集のため、東洋大学の授業でお話しさせていただきました。

緊張して固まっていたあゆちゃんでしたが、終わってホッ(^o^)

学生さんとは、その後連絡を取り合ったり、自宅に遊びに来ていただいたり、あゆちゃんの介助バイトメンバーに加わっていただいたり…

出会いのきっかけをくださった本名先生に感謝いたします。

そしてお付き合いくださった皆さん、ありがとうございました

ライブたのしー♪

2012年7月

あゆちゃんと一緒にイベントでライブをやってくれないか、と以前お世話になった学生さんに、久しぶりに連絡をしました。

学生さんは、自分がやってるバンドのメンバー2人に話してくれて、新たにあゆちゃんも一緒のバンド「ピンクの象」が結成されました。

大学での授業に実習、バンド活動やアルバイトなど、とっても忙しい女子3人だけど、面白そう、と引き受けてくれて、感謝です。

そして3人が所属する大学の軽音サークルでのライブにあゆちゃんを誘ってくれました。

あゆちゃん初ライブ体験。

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飛び散る汗に鳴り響く歌声。

あゆちゃんも車いすから降りて飛びはねちゃいました!(介助者とね)

初ライブ、ノリノリで楽しんでたね~、あゆちゃん。

軽音部の皆さん、どうもありがとう。

十文字学園女子大学で授業

2012年6月

イベントのPRと、一緒に活動してくれる仲間を募集するために、十文字学園女子大学の授業でお話しさせていただきました。

53名の学生さんが、あゆちゃんの「一緒に生きたい」という想いを熱心に聞いてくださいました。

学生さんそれぞれが自分のこととからめた深い感想文を寄せてくださり、あゆちゃんと一緒に一枚一枚じっくり読ませていただきました。

貴重な機会をくださった太田先生、お世話になった学生さん、ありがとうございました。

冒険に出発

ある日ふと目にした板橋ボランティアセンター公募事業のお知らせ。

あゆちゃん、まずはこれに挑戦しない?

ということであゆちゃんが応募、プレゼンし、採択され、イベントを開催することになりました。

2012年5月のこと。

イベント名は「共生へのチャレンジ」

「共生」=「障害があっても地域で共に生きる」という言葉、よく聞くけど、もはや聞きなれすぎて「ん?それってどーゆーこと?」みたいに立ち止まって考えようという気を起こさせなくなっている、気がします。

でもここでちょっと「地域」という言葉に立ち止まってみます。

ここでいう「地域」って「住み慣れたこの家」って意味で使われていると思うけど、「住み慣れたこの家」の中でほとんどの時間を家族と暮らしている場合、それを「地域」で生きるというのかな。

障害児と母との二人暮らしや、障害者ときょうだいとの二人暮らしの家庭内で、健常者(介助者)である母やきょうだいが亡くなって、その後ほどなく残された障害者も「餓死」する、という事件がありました。

「住み慣れたこの家」=「地域」で共に生きていたはずなのに「孤立死」してしまった。

人との関わりがなければ自分の「家」も隣近所の「家」もただの箱だった。

当たり前かもしれないけど「地域」って、「(建物としての)家」がある「場所」ではなく、人との「関わり」がある「場」なのでは?

という想いをこめてサブタイトルは「家の中だけではなく街中で、家族とだけではなく仲間と」。

たまたま、そんなサブタイトルを、そのまま生きているような人を知っていました。

赤阪はなさん。

「仲間とシェアハウスで暮らし、ただ今就活中」といわれると、医ケア重心とは思わないですよね。

そんなはなさんの活動が映画になっています。

イベントプログラムその1は「はながゆく」の上映に決定。

そしてやはり医ケア重心だけどアパートで介助者とともに「自立生活」を送る高橋咲緒さんに講演をお願いしました。

もうひとつ、医ケア重心あゆちゃんと仲間のバンドライブ。

現に目の前で「共に生きる」姿のデモンストレーションとして。

なーんていうのは後付け。

18歳っていったらバンドでしょ、おもしろそう、重心って、観客席ばかりだし、やっぱステージにあがんなきゃね、ってところです。

ということで「超障害女子3人の一緒ライブ」に向かって、あゆちゃん、冒険に出発だよ。